先日、秋田へ行ってきました。
前の会社の上司が退職されるとの事で、
お祝いの席に、先輩に誘っていただいたのです。

私が辞めて22年になります。
大きなハウスメーカーでしたので、
その間、皆さんずっと秋田ではなく、
あちこち転勤しながら、職種を変えながら、
当時とは、立場も体系も(笑)変わっていたのですが、
会うと、本当に22年ぶりとは思えない、
当時の関係に戻って、多くの事を話し込んできました。

たった6年半のサラリーマン期間でした。
その間、3人の上司(直属の)がいましたが、一番長く仕えた上司でした。
設計から現場監督に移動して、
何もわからない私を、厳しくも、温かく育ててくれた上司でした。

電卓をはじくのが、異様に早かったのを覚えています。
当時、私が交通違反をすると(月間3000kmとか運転してたので。言い訳ですが)、
連帯責任で、通勤時社用車使用不可となり、
ご迷惑をおかけしたのもよく覚えています。
(それ以上に仕事のやらかした話は多いのですが、ここでは話せません)
本当にすみませんでした。

前職はブラック企業で、
深夜3時に帰って、8時半出社もありましたし、
月末は毎日てっぺん越えるし、
休みの仕事も当たり前。21時に帰ると早く感じる、そんな環境でした。
台風で待機しているときに、
22時頃から嵐の中を鹿角まで(2時間半)雨漏れ確認に出ていく先輩がいたりと、
今では許されないことばかりでしたが、
あの頃鍛えられたから今の私がいるのだと常に思っています。

その上司から、「この会社で一人前に出来れば、どこに行っても通用する」と言われて、
それを真に受けて辞めて独立しちゃいました。笑

私、青森にしては言葉に訛りが無いとか言われますが、
職人と話すときは、津軽弁になるんですよね。
今回も、工事店の社長たちと話すときは、なぜか津軽弁が出てしまい、
「わーだっきゃ」とか言ってしまい、秋田人だらけの周りは???となってました。
それくらい、馴染む、居心地の良い空間だったということです。

行く前は、それでも緊張しました。
一部の方には青森や仙台でお会いしてましたが、
もう22年もなんの音沙汰も無しで、
私の事忘れてるんだろな・・・とか思っていました。
それでもみなさん、なんも変わらね~なと、
温かく受け入れてくれて感謝しかありません。

秋田は川端という飲み屋街が有名なのですが、
サラリーマン時代からそんなに飲み歩くことも無く、
酔ってたこともあり、
帰りにホテルの場所がわからず道に迷いました・・・
スマホ調べればすぐなのですが、
そこは意地で(笑)、久しぶりに秋田の街をふらふらと散歩しながら帰りました。


当日の写真は、プライバシーの問題がありますので、
当時の現場監督時代の写真です。
地鎮祭の鍬入れです。(現場監督なので)
150回くらいはやったと思います。懐かしい。